金融取引は、どのように生まれた?
さて今回は、株式や為替の取引が
「マネーゲーム」とも言われることもあるが、
では、なぜそのように言われるのか?
どのようにして、株式や為替をつかった金融商品に
加え、金融派生商品(デリバディブ)が
生まれたのか?
この経緯を知れば、なぜ、アメリカが金融を
握っているかが見えてくる。
それは、江戸時代にまでさかのぼる。
アメリカは、日本の近くの海まで、クジラを取りに
きていた。
何のためにクジラを捕りにきていたか
(つまり捕鯨していたか)
というと、クジラの油でランプを点けていた。
(食べるためではなかった)
そのため、アメリカでは、捕鯨が一大産業と
なっていた。
1853年にペリーが日本に来て通商条約を要求
したのは、捕鯨するための基地が必要だったからだ。
しかし、1859年にアメリカで石油が発見された。
クジラの油よりも、石油の方がランプが明るく、
その上値段も安かった。
だから、アメリカでの捕鯨は一気に衰退した。
しかし、アメリカが世界の中心となった理由はここからだ。
アメリカは、「全世界のすべての原油は、ドルで値決め
されなければならない。つまりドルでしか買えない、
ドルでしか売れない」と決めてしまった。
(これが、『ブレトン、ウッズ合意』と言われる)
本来なら、各国で算出された石油は、各国の通過で
値段を決められるハズ。
なぜ、そんなことができたか?
『ブレトン、ウッズ合意』は、第2次世界大戦中に決められた。
アメリカは、「石油価格をドルでしか売り買いできなくさせる
かわりに、軍事面で協力する」と言ったからだ。
まさに、軍事の力で、石油を、世界を、金融の世界を支配した!!
しかし。これで終わらない。
全世界で必要となる石油の価格を、将来に何ドルで売る権利を
販売し始めた。
つまり、石油自体の売買でなく、
石油の価格を使い、利益を生み出す仕組みを作ったのだ。
わかりやすく言うと、実際に石油は売買されていないのに儲かるのだ。
そして、これが株や為替に応用され、
金融派生商品(デリバディブ)が生まれた。
金融から派生した商品と、聞いてもよくわからないが、
わかりやすく言うと、
石油と同じく、株や為替の取引がないのに儲かる仕組みだ。
そして今では、その中味はもっと複雑となっており、
新しい商品を作り出したプロは、かならず儲かる、
つまり損をしない方法を生み出している。
では、どこから儲けているのか?
それは、われわれ個人が金融派生商品(デリバディブ)を
購入するときに支払う手数料だ!
しかし、この手数料を表に出すと、びっくりするほど高い!
なので出さない(隠している)。
通常、株でも外貨預金でも手数料がかかる。
目に見えているから、適正な価格だ。
しかし目に見えない価格ほど高いと考えるべきだ!
手数料不要で、年5%、とか年10%と
うたっているのは、まず金融派生商品(デリバディブ)と
考えてよい。
こういうものは、よく確かめてみる必要がある。
どこかに落とし穴がある。
元金は保証していないハズだ。
もし、そういう商品を持っていたり、勧められたら、
自分でよく考える必要がある。まず、第一印象で
アヤシいぞと疑ってかかるくらいで丁度である。
どうしてもわからなければ、下記にコメントいただければ
回答させていただく。
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